八方美人は周りに反感を買う

私は幼少時代から両親の友人たちが家によく遊びに来る環境で育ち、人に愛想を振りまくことが当然で、それが人間関係を良くする方法だと無意識のうちに身に付いていました。
家族以外の誰かに合えば笑顔をつくり、ちょっとした冗談を良い、その場を和ませる、そんな癖が付いていたのだと思います。
ところが、中学校へ入学し初めて会うクラスメイト達にもいつもの「癖」で愛想を振りまいて過ごしていると、半年後辺りから「なんかさ、あの子誰にでも媚び売ってうざくない?」「そうそう、男子にだけニコニコしててむかつくよね」などヒソヒソ話が耳に入って来る様になりました。
驚きはしましたがしばらくいつも通りに過ごし、ある日お弁当の時間にいつものメンバーの輪に入ろうとしました。
すると…
皆が無言で各自のお弁当包みを畳み、目も合わさず静かに教室を出て行ってしまったのです。
その日以来、私への徹底した無視が始まりました。
いつものメンバーの中には同じバレーボール部に所属している子もいましたが、そこでも同じく無視。
私は一人っ子だったため幼少期から同年代の友達とけんかもしたことなく、些細なことだったかもしれませんがとても傷付きました。
ただ、両親にも思ったことを何でも相談できるような性格ではなかったので、気持ちだけがどんどん暗くなって行きました。
休日に母と渋谷へ買い物へ行った日の、「今はこんなにしあわせなのに、明日からまた学校に行かなければいけな…」と、買ってもらったお花のヘアゴムを眺めながら味わった絶望感は今でも思い出します。
しかしそれから数日後、とうとう耐えられなくなった私は、母へ一言「学校に行きたくない」と言うことができました。
その一言をやっと言えただけで、その後は涙があとからあとから溢れ、ただただ母に抱きついて泣きました。
事情を知った母は担任の先生にすぐに相談し、当事者のクラスメイト達に事実確認をしてくれました。
クラスメイト達も「ちょっと懲らしめてやろう」と思っただけで、そこまで苦しめるつもりはなかった、と謝罪してくれました。
それからはそのクラスメイト達からの無視はなくなり、入学当時の様な関係が戻りました、表面上は…。
というのは、やはり理由がどうであれ私が味わった苦しみは謝罪されてもまた仲間に入れてくれても消えることがなかったからです。
大人になった今当時を振り返ると、八方美人だった私は確かにいけ好かないやつだったかもしれません。
ですが、だからと言って人を無視をして傷付けて良いとは客観的に見ても思いません。
無視をするくらいなら、あのクラスメイト達は直接私に文句でも注意でもすればよかったのだと思います。
彼女たちはただ自分と違う性格を持ったクラスメイトを認めることができなかっただけではないでしょうか。
それから、あの日母に抱きついて全て話したことは正解だったと思っています。
最近でもいじめが原因で自殺したというニュースを見るたびに、学校(会社)なんて行かなくていい、親でも近所の人でも、近くに話せる人が誰も居なければネット上だって良いから、とにかく誰かに話して欲しいと感じます。
いじめられたから逃げることは、全く恥ずかしいことではありません。
恥ずかしいのは、いじめの加害者だけ、と私は考えます。