幼少時代に男子にいじめられた苦い過去

小学校時代。7歳のときに、給食で嫌いなものを口に合わず、吐き出してしまったことから、男子にいじめを受けることになりました。それから、私一人をターゲットにして、意地悪するようになりました。シカトはもちろんのこと、悪口はいうわ、蹴られたり、つねられたり、バイ菌扱いされてしまうわ、大変でした。おかげで学校に行くことが怖くなり、登校拒否してしまいました。そのせいで、授業にもついていけずに勉強も分からなくなり、成績も悪い点数ばかりでした。その繰り返しで6年間過ごしていましたが、絶望ばかりでは、ありませんでした。クラスメントが合唱部に誘ってくれたおかげで、放課後だけは、堂々としていられました。その部活の男子だけは、優しく接してくれたので助かりました。

 

やがてコンクールで選手に選ばれた時は部員や先生に認められたときは、とても嬉しかったのを覚えています。それがあったから、普段は暗くて無口な私でも明るく振る舞えたと思います。小学校時代はそれで終わりでしたが、中学校時代は、それがエスカレーター式で上がるため、同級生とは離れなかったのです。男子には、相変わらずいじめを受けていました。また、学校行きたくない症候群が始まり、ついでに英語の女性教師も私のことを良く思っていなかったらしく、私のことを叩いたり、馬鹿にしたりしました。生徒だけではなく、先生にも意地悪する人がいるだなんて、信じられませんでした。大人は意地悪しないと思っていたために、がっかりしたのを覚えています。英語の先生ばかりではなくて、他の先生も白い目で見ている気がして、また登校拒否が始まってしまいました。おかげで全く勉強も理解できないし、成績も振るわなくなり、高校入試も公立は、入れませんでした。それでも、三年生の時の担任はちょっと優しい男性教師だったし、クラスメイトも普通に接してくれたので、すこし嬉しかったのを覚えています。

 

3月に卒業式を迎えて、そこでこの地獄から、逃れられると思って喜びを感じました。高校は、私立の女子高を選んでいたので、男子と接することがなくなってさっばりしました。高校3年間は、義務教育でやらなかった勉強もやる気になって、成績も10番以内に入ることが出来て、奨学金も貰えるくらいの成績アップできたのです。そして生徒会役員にも立候補して役員もやりました。友達もたくさん出来て、明るい性格に変わりました。残念なのは、学校がかばってくれなかったこと、対策をたててくれなかったことでした。私が時を立つのをひたすら待てたからいまがあるんだと思いました。ただ持っている性格は変えることはできませんが、大人になって、精神的に強くなったと思います。これからも負けません。

中学3年の頃に突然始まったイジメ

中学3年生の頃にクラスの男子にいじめられていました。

 

その男子は3年生になって初めて同じクラスになり、それまで名前を知っている程度で面識はありませんでした。
3年生になり、最初は出席番号順で座ることになり、そこで私の斜め前に座っていて、同じ班でした。
その時は嫌がらせもなく、挨拶も普通にできていました。

 

しかし、夏頃になって急にその男子から陰口を言われるようになりました。
最初は誰のことか分かりませんでしたが、段々と私のことを言っていると気付きました。

 

私の普段の行動や授業中の発言、目が悪かったのでメガネをかけている姿が気持ち悪い、クラスメートと話している時に私の方を見て悪口を言ったり、他のクラスメートに私の悪口を言いふらされました。
ニキビが多かったことでバケモノ、伝染病、公害と言われ、学校に来るな、転校すれば良い、いっそのこと死んでくれないかなとわざと聞こえるように毎日言っていました。

 

悪口の内容のほとんどが身に覚えのないことで、その悪口を聞いたクラスメートから無視されたり、誤解されたりしてクラスメートから距離を置かれ、クラスから孤立しました。

 

それだけにとどまらず、美術の授業中に彫刻刀で彫った後に出るクズをかけられたり、給食のシチューに黄色いチョークの粉を入れられたり、1日置いた牛乳とその日に出た牛乳をすり替えられたり、机の中に腐ったパンやゴミを入れられたり、備品が汚されたり失くされたり、机に「死ね」と書かれたり、挙げるとキリがありません。

 

突然その男子からいじめられるようになったので、自分ではっきりとした原因が分からず、知らないうちにその男子を傷付けてしまっていたのかもと思い「悪いことをしたなら謝ります。何が原因なのか、どこが悪いのかを教えて欲しい」と直接伝えましたが「話しかけるなよ」「バイキン」「こっち見るなよ」と暴言を吐かれるだけで、こちらの言い分を聞いてもらえず、イジメがエスカレートするだけで、突然始まったイジメに大きなストレスを感じていました。

 

原因はよく分からないし、向こうが私と話をしてくれないから真相は分からないけど、私が悪いからイジメられると他のクラスメート、担任、親からも言われたので、イジメられないようにニキビケアをしたり、話す時に余計な事を言わないように気を付けたり、人の話を今まで以上にきちんと聞いて、嫌な事も黙ってやるとか色々試しましたが、やればやるほど「調子に乗っている」と言われ、イジメは卒業まで続きました。

 

人は誰でも良い部分と悪い部分を持っているし、友達であってもそれが気に入らないと思う場面もあります。
また、冗談だと思うことが相手を傷つけてしまったりして知らないうちに人を傷つけることもあります。
もし、そういった場面に遭遇したら悪口や嫌がらせなどイジメをすることなく、お互い話し合いの場を設けて欲しいと考えます。

 

こういうところが嫌だからやめて欲しいと伝えられる関係が良い人間関係を築ける秘訣であり、やめて欲しいことを伝えて反省してくれたら、イジメに発展することなくより良い関係につながると言えます。

中学生時代に一人ぼっちだった私

私は中学1年生の時にイジメを受けていました。イジメ
はほんとうにふとしたところから始まりました。クラスの中で目立っているグループの一人に気に入らないことをしてしまったのです。その日からまずそのグループから無視をされました。それからそのグループに属していない子たちからも、少しずつ無視をされるようになりました。うしろからクスクス笑われて噂話をされたり、ゴミを投げられたりお昼休憩でお昼ご飯を食べる前にトイレに行ったら、自分の席に誰かが座っていてどいてくれず階段でご飯を食べることもありました。グループワークをするときも誰も相手になってくれず、一人で俯いてその時間が過ぎるのを待ちました。一番ひどかったのは、プールの時間のときです。その日私は体調不良でプールの授業を欠席し、プールサイドで授業を見学していました。するとクラスの中で目立っているグループの中の一人が私に近づいてプールに落としたのです。水着を着ていなかった私はその後着れるものがなくて大変でした。先生も見ておらず、私も本当のことをいうことができずに、先生には不注意でプールに落ちてしまったと嘘をつき体操服を借りました。私はイジメられるのも怖かったですが、親や先生にバレることも怖かったので、なるべくバレないように過ごし、不登校だけにはならないようにと思っていました。

 

でもプールの件のことはさすがにかなりつらかったです。イジメを辞めてもらおうと思い、イジメの首謀者の子にも何回も謝りましたが、全く聞こえないふりをされ相手にしてくれませんでした。イジメが終わったのは、2年生になりクラス替えがあった後でした。急に何事もなかったかのようにみんな話してくれるようになったのです。拍子抜けでした。それでもいつかまた嫌われて無視されるのではないかと、毎日気を使いながら生活するのはとてもつらかったです。イジメから学んだことはよく分かりません。きっかけとしては自分が悪かったのですが、イジメを受けるほどのことではなかったと思うし、周りの子からも無視をされる意味も分かりません。イジメは些細なことから起こることなので、自分だけでは気をつけられないと思います。私の後もイジメを受けている子はいましたが、その子をかばったらまた私がイジメられるのではないかと思い助けることはできませんでした。きっとみんな同じだったんだと思います。イジメをする子、イジメを見てみぬふりする子みんな弱い心の持ち主です。自分じゃない誰かをイジメることで心の均等を保っているのです。私は、集団生活をしている以上、残念ながらイジメはなくならないと思います。

イジメは一種のゲームなのか!?

私が中学校2年生の3学期の時にイジメを受けました。
初めはイジメなんて思っていなくてただのいたずらだと信じていたんです。

 

多感な年頃のしかも女の集団なのでグループを作るのは当たり前でした。
私は8人グループでトイレに行くのもご飯を食べるのも授業移動も全てみんな一緒でした。
群れるのが当たり前で群れに入れなければ必然的に孤立する、そんな世界です。

 

始まりは1通のメールからでした。
その頃は料金のかからないCメールでのやり取りが当たり前でした。
以前のCメールは電話番号等が出ない仕組みでメール本文に名前を入れないと誰から来たかもわかりませんでした。
授業中、来たメールを見ると「調子のんな」と一言。
私は間違いかな?と思い特に気にする事もありませんでした。
メールは定期的に届きました。

 

さすがに気になって8人グループの友達に相談すると友達はすごく親身になって「何これ?酷いことするね。でもうちらがついてるからね!」と励ましてくれました。
単純な私は、そうだ1人じゃない。私には友達がいる。そう思いました。

 

それからもメールが届くと相談していました。
ただある時から私に聞こえないように内緒話をしたり私を見ながらクスクスしだしたんです。
鈍感な私でもあのメールは友達がやっているのかも…と疑いはじめました。

 

誰も信じられなくなり学校も休みがちになりました。
私の反応が見れなくなったのがつまらないのか次は公衆電話から電話がかかってくるようになりました。
「もしもし?誰?何でこんなことするの?」相手は無言かクスクス笑うだけ。
笑われるのが嫌で黙っていたら受話器をガンガン叩く音が聞こえて、まるで早く喋れと言われているようでした。
人の目が怖くて雨の日傘をさしていると周りから自分が見えなくなるので安心できました。
世界中の人から嫌われて笑われていると思っていました。

 

両親にはとても言えませんでした。
イジメられているなんて自分が情けなくて絶対に知らせたくなかったんです。
でも両親は気付いていたと思います。
学校へ行ってもお昼を1人で食べる事ができなくて午前中で帰って来る娘。
必要以上に部屋から出てこなくなって話さなくなっていく娘。
気付かないわけがなかったんです。
でも両親は何も言わず普通にしてくれていました。

 

たまらず両親に泣き叫んでもう嫌だ!と訴えるとすぐに担任の先生が来てくれました。
友達にも理由を聞いてくれると「生徒会長とかやって調子乗ってるから」。
ただそれだけの理由だったそうです。
でも友達はイジメをしていると思ってませんでした。
集団生活とは不思議なものでみんなでやってたら何も疑問に思わないんですよね。
友達はただ、私をからかうと言うゲームをしているだけでした。
解決策なんて何もなかったので、3年生になるまでの2週間を午前中だけ通って、先生の助けもあり3年生では友達全員と離れられ新しい生活を始めることができました。

 

私は殴られたわけでも物を捨てられたこともありません。
世の中にはもっと辛い思いをしている人もいると思います。
イジメは絶対になくなりません。
なぜなら加害者に罪悪感なんてなくてゲームをしている感覚しかないから。
現に高校生になった時に友達にバッタリ会うと普通に話しかけてきたんです。
「久しぶりー最近どう?元気だった?」と。
私はもし自分の子供がイジメられたらそんな子達に向き合えとは言いません。
さっさと転校させてそんな狭い世界だけが全てじゃないと教えてあげたいです。
逃げることは悪いことじゃなくて救いにもなります。

 

銀座カラー体験談